2007年07月29日

ぱらしす by にゃむりん


「ああ、ちょっと待ってくれ」

「……?」

 俺のデバイスについて相談を終えて、各自の寝床へ戻る途中、彼女が一人になるのを見計らって声を掛ける。

「寝る前に少し話をしたいんだが、構わんか? まあ、あまり時間はとらせないつもりだ……駄目か?」

 彼我の距離は約3m。この数日で覚えた、彼女と俺の境界線がこの距離。他の騎士やはやてが居るとこれは縮まるが、二人だけの場合向こうから近づいてくる時以外に俺からこれ以上踏み込むと、態度が硬化する微妙な間合い。その距離を挟んで、彼女は緩やかな角度で俺の顔を見上げている。

「ンだよ。あたしは疲れてるって、飯の前に言っただろ?」

「そう言うな。付き合ってくれるなら、内緒で買ってきておいたシュークリームも用意するが」

「……そういえば、歯を磨いてなかった。丁度いいから貰ってやる」

「そうか。では、リビングへ行こう」

 舌打ちしつつ踵を返す彼女の後ろ頭を見送り、それから俺もその後を追った。





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            ぱら para しす sis

       From " Dual World " vol.8 written by 大岩咲美
           Presented by にゃむりん



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  シュークリームを載せた皿と、牛乳を注いだコップを、自分用の湯飲みと一緒に、用意していた盆に載せて運ぶ。それを綺麗に片付けられたテーブルに下ろすと、正面に座ったヴィータ嬢の方へ盆ごと押しやる、それから自分に淹れた緑茶の湯飲みだけ取り上げた。

「遠慮せずに食べるといい」

「しゃーねぇから食ってやるよ」

「言葉遣いが良くないな」

「うるせ、折角のシュークリームが不味く」

「はやてにチクるぞ」

「ありがたくいただいてやります」

 彼女の主の名前を出した途端に言い直すのを見るたび、弱点にも程がないか?、と思わなくも無いが、これはこれで扱い易いので後の楽しみを自ら失くす様ななことはしない。言葉こそ少女らしくないものだったが、シュークリームに噛り付く姿は見た目相応で、一瞬、青い髪をした妹分が高町の家に来た頃を思い出す。

「おめーは食わねぇのか?」

「ああ、甘いものは苦手でな。俺のことは気にせず両方食べてしまえ」

「なんっか気持ち悪ぃな」

「子供が遠慮するな」

「お子様じゃねぇ!」

 怒鳴りながらも次へと手を伸ばす少女を確認して立ち上がる。見ていただけなのにクリームの甘さを想像してしまい、それを押し流すために口を付けていたら湯飲みが空になってしまった。次は少し濃い目に淹れるか。

「っはー、ご馳走さん」

「食べたか。俺が言うのもなんだが、美味かっただろう」

「目の前に座ってるのがおめーじゃなくてはやてだったら、もっと美味かった」

 実に素直なコメントに表面上は、そうか、とだけ返すが、胸の中で笑いを漏らす。彼女たちのはやてに対する偏愛っぷりは、プログラムという理由だけでは説明できないほど、その感情の比重は重い。だからこそ、こうして他の誰でもなく俺がこの少女を呼び止め、話を聞こうとしている訳なのだが。いや、本当に気付いてなかったのだろうか? もしかすると、逆に俺の様子を察して何も言わなかったのかもしれないが……それはつまり、押し付けられたということか?

「さぁてと、食うもんは食ったし、歯ぁ磨いて寝っか」

「おい」

 コトリ、と彼女が空けたグラスを置きながら漏らした呟きを聞いて、慌てて引き止める。

「んだよ?」

「話が違うぞ」

「アタシが知るわけねーじゃね」

「約束を守らないなら、はやてに」

「さっさと言いたいこと言えよっ!」

「言葉遣い」

「言いやがってください」

 ああ……これは、かなり面白いかもしれない。が、このまま遊んでは埒が明かないな、話を進めるか。

「単刀直入に言おう。今日、何があった?」

「!? べ、別に……」

「なんて言葉で誤魔化せると思うなよ? 食事に集中してると思わせたかったのかもしれないが、だがそれは、いつもの君では有り得ないんだからな」

「っち……何でそういうところだけ鋭ぇんだ」

 君達がはやてに関して鋭いのと一緒だから、などと無粋なことは口に出さず、二杯目の茶を淹れてきたついでに持って来ておいた牛乳パックを傾け、空になったグラスを半分くらいまで満たす。

「なに、無理矢理聞こうとは思わん。だが、朝になってもそれを引き摺らないとこの場で約束できるなら、だがな?」

「…………」

 牛乳パックを下げると、彼女はグラスに手を伸ばすが噤んだままの口をつけず、手の中で遊ばせる。それを視界の隅に収めながら、自分は温くなった茶を飲む。静かなリビングに、俺の茶を啜る音だけが響く。

「……これからするのは、独り言だからな」

「なるほど。では俺は、ただこの茶を楽しんでいよう」

 ようやく口を開いた彼女の旋毛を見つめ、そう答える。3杯目の茶を急須で用意しなかったことを若干後悔しながら。





 とりあえず転移してみた場所だけど、もの酷ぇ殺風景。見渡す限り砂だらけ、遠くにゃ岩山かなんかが見えてるし、空は砂埃が舞い上がって落ちてこねぇ。

「けど、未開って訳でもなさそーだな」

 転移した時の高度を維持したまま、周囲を飛び回る。その途中見つけたのは、半ば砂に飲み込まれた建造物の群れ。あの様子じゃ既に機能は失われているだろうが、今はそれがありがてぇ。この調子で掘り出しモンも見つけられりゃ良いんだがな。廃墟都市の中央の辺りまで来ると、進路を変更、地面と平行だった見えねぇ軌跡に角度をつける。近づいてみて分かったんだが、廃墟にゃなっちまってるが、これを作り上げた文明力はかなりのものじゃねぇか?

「こりゃ、マジで掘り出しもんが見つかるかもしんねぇな」

 建造物を縫って開けた場所に降りる。ビル跡の並びからして、どうやら大通りっぺぇ場所……の上に砂が積もってるな、かなり。見渡すビル跡は全部、入り口らしいものが無ぇし。

「んじゃま、サクっと終わらせて帰ぇっか」

 無けりゃ無ぇで、なんとかなるだろ。投遣りに考えながら、慣れない探索魔法式を起動。シャマルやザフィーラと違って、あたしじゃ精度は今一だが、問題無ぇだろ。動かねぇのが見つかりゃ当たりだ―――

「ろって、おいおいおい、いきなり当たりか?」

 擬似感覚に展開したレーダーの示す方向を見ると、ビルが密集している辺り、その下の方に反応。レーダーを探索から監視へと移行して、実行重要度を下げる。

「魔力量はずいぶん小せぇみてぇだな。ま、でも、見つけりゃなんでも良っか」

 的を絞って浮いた魔力も乗せて、目標まですっ飛ばす。メンド臭ぇから途中に立ちはだかるビルのどてっ腹をぶち抜きてぇ所だが、倒壊してお宝が埋まっちゃ意味が無ぇもんな。仕方ねぇから最小限の迂回で目標地点を目指す。

「コイツの向こうに……」

 あれか? 傾いだビルの斜角に対して垂直方向に飛んで回りこんだ先で見えてきたのは、探査結果と重なり合う位置に建つビル、その横っ腹に開いた大穴が見つかったんだが、ぁんだ、ありゃあ? ビルまで近づかねぇでも、その大きさがよく分かった。大体15mほどか? ビルで言やぁ、優に10階分の穴が開いてる。とは言っても、この星の建物の一階分はあたしの身長と同じくれぇなんだけど。何より不思議なのは、開口部。こんだけの損壊を出しながら、周辺部はほぼ無傷だってぇことだ。

「なんだ、これ、すげぇな。キレーに刳り貫かれたみてぇになってる。あたしにゃ出来ねぇ芸当だぜ」

 ようやく辿り着き、床に降り立ちながら周囲を観察すればするほど、驚きを呟いちまう。ホントに何なんだ、これ? 何をどうすりゃ、こんな事が出来るんだか。シグナムでも出来るか分かんねぇな。もしかするとあの白い奴なら……

「っと、んな場合じゃ無かったな。とりあえず、お宝を見つけるとすっか」

 ずのーろーどーはアタシの管轄じゃねぇしな。注意を引き剥がすと、魔力の発信源を探るために探索魔法のレンジを何段階か狭いものにする。

「このまま真っ直ぐのとこみてぇだな」

 より細けぇ位置まで分かるようになった反応に向かって、アイゼンを右手で持ったまま足を進める。周囲はボロボロだが風化した結果であって、開口部同様に損壊が原因での瓦礫はまったく無ぇ。入り口から入る光が途絶えた先の闇を、別のところから光が差し込み、”それ”の姿を浮かび上がらせていた。

「マジかよ……」

 “それ”を目にした感想が、思わず零れちまってた。“それ”はでけぇ体を床の上に、蹲る様にして丸めている。体毛は薄く青みを帯びた白色、いわゆるパールブルーってやつだけど、光の加減でシルバーにも見える。畳まれてて良く見えねぇが、おそらく翼も巨体に負けねぇパワーを感じさせられるのぁ間違いねぇだろう。

「ちっ! 竜種か……それも、おそらくは成体」

 あの開口部の謎も、これで分かった。こいつらの強靭な体から繰り出されるパワーもすげぇが、最大の武器はブレスだ。それも成体のものとなりゃ、全力なら防げても無傷ってわけにゃいかねぇだろ。

「ちょっと待てよ? さっきの結果じゃこんな奴の反応は出てねかったよな?」

 これだけのでかさで、いくらあたしの探査でも見逃すはずがねぇ。だとすりゃ、もしかして。考えながら、アイゼンを構えて更に近寄る。毛並みが分かるまで近づいて、やっと気付いた。

「こいつ、死んでる」

 横たわった体は、全然動かない。動く気配すら無ぇ。検査魔法を使わなくっても、これ以上近づくまでもなく、それの纏う死の気配って奴を感じていた。第一、こいつらは言語こそ持たないが、かなり高度な知能を持っていたはずだ。そんなのがここまで接近を許すはずが無ぇ。

「っと、ありゃあ何だ?」

 腹の辺りに、なんか光ってるのが見える。尻尾や後ろ足が邪魔で良く見えねぇから、見下ろせる位置まで近づく。素材のわかんねぇそれは歪んだ球形をしていて、表面を青い燐光を放つ模様が浮かんでいる。グラーフアイゼンを肩にかけ、意識から外して自動で走らせたままにしていた探査魔法を呼び戻し、目の前の光景と魔力量情報を重ね合わせてみる……どうやらコイツでビンゴだったらしい。が、どう考えてもこいつは探してたお宝じゃねぇし。どうしたもんだか。

「今度は何だ?!」

 突然、模様の放つ光が強くなって、表面を滑るように回転を始めやがった。魔力量も一周ごとに増えていってるみてぇだ。一体、何が始まるってんだ? 変化と同時にデバイスを両手で構え、状況を見守る。既に回転は目で追いきれねぇほどで、球体全体が光ってるみてぇだ。と、何故か軽い目眩を感じて周囲を見てみる。

「何だ、この違和感は一体ぇ……」

 さっきまでの記憶と比べてみる。暗くなってねぇか? いくらこいつが光ってるからって、つってもそこまでの光じゃねぇはずだ……まさか、光を吸い取ってるのか、コイツ? いや、違う!

「アイゼン!!」

『 Jawohl ! 』(了解!)

 瞬時に防御障壁を展開。同時に自分をチェック。いきなりぶっ倒れるほどでもねぇが、少ないって言える量でもねぇくらいの魔力を奪われてた。目眩の原因はこれか。ちぃっ! おまけに防壁を持って行きやがる……とんだ食いしん坊っぷりじゃねぇか。あたし自身からの吸収は止まったが、展開した魔力障壁が周縁部から解けるように欠けていく。このままじゃやべぇな、消えちまう前に離脱するか?

「? ……止まった、か?」

 進退を判断している間に魔力の流入は止まっていた。周囲の明るさも戻ってて、障壁も、元の三分の一くれぇになっちまってるが、それ以上消える様子も無い。球体の放つ光も、模様だった時ぐれぇの燐光程度に落ち着いていた。よっく分かんねぇが、こいつ、蒐集にも使えるんじゃねぇか? このままじゃ無理だろうが、これのシステムを調べれば何か有効な手立てにゃなるかもしれねぇし。そう思い、障壁を消して未だ光っている球体に手を伸ばす。

「黒助にゃ悪ぃが、はやての為になるなら良いだろ」

 そして、手がそれに触れるかどうかってところで、

「んなあぁ!?」

球体が纏う光が弾ける様に消え、

「クキュ〜」

「……え゛」

代わりに何かがそこに居て、おまけに鳴いた。

「な、な? ななな……」

「クゥーッ……キュウ」

 ぶっ壊れたデバイスのAIみてぇに『な』を繰り返す以外に動かないあたしを気にせず、そいつは前後4本のちっちぇえ足を懸命に突き出して立ち上がり、フルフルと犬猫みてぇに体を震わせる。今度は前後に伸びをして、欠伸を一つして、そこであたしのことに気が付いたらしい。見た目よりしっかりした足取りで進み出ると、突き出したままのあたしの手を、舐めた。

「んなうわっひゃあああ!!」

 思わず観察していた、逆に言えば、それしかしていなかった思考が一気に回転を始める。叫び声と共に2・3歩下がって、こちらを見上げてくるそいつを見つめ返す。

「んなななな、なんだよっ!?」

「クゥ……キュー?」

 問いかけに反応して泣き声を上げると、そいつは再びあたしの方に歩いてくる。

「ちょ、てめっ、来んなっ!」

「キュー♪ クルルル……」

「ひっ!?」

 追い払おうと怒鳴ったけど言葉の意味までは通じてねぇのか、むしろ、話しかけられたのが嬉しいみてぇに近づいてくる。あれ、卵だったのかよ。おそらく、さっきの竜が母親だったのだろう。卵を産んでそのまま死んでしまったのか、傷でも負って最後の力で子を残したのかは、今じゃ分からねぇ。だが、頼りなさげな体を包む体毛は、親のものと同じ、柔らかい輝きを放つパールブルー。

「どうすんだ、これ……」

「キュキュゥ♪ クー!」

 ブーツに前足をかけて立ち上がり、まだ小さな羽根を上下に動かしながら鳴く幼生体を前に、途方に暮れそうになった。





「なるほど。刷り込みだな」

「刷り込み?」

 ヴィータ嬢の話の途中に思わず呟いてしまったのを聞かれたようだ。水を差したような形になってしまったが、俺の言った単語に興味があるようなので、これもついでと説明することにした。

「生まれたばかりの子供が最初に見た、動いたり、鳴いたりするものを親だと記憶して、それに追従すると言う一連の行動を指す、と言うのが一般的だな。だが逆に、親の取った警戒行動を元に警戒する相手を覚えるなどと言った場合にも刷り込みと言う言葉が使われるんだ。一瞬の事象が長期にわたって記憶に残ることから、刷り込み、または刻印付けやインプリンティングなどと呼ばれている」

 慣れない長口上で渇いた口を、渋の沈み始めた茶で潤す。俺の説明を黙って聞いていた少女は、説明が終わると俺を見上げ、

「伊達に枯れちゃいねぇなぁ」

「おい」

「お枯れになっていらっしゃいませんね」

 ……何だ、この敗北感は。言い直させたのは失敗か? 今の一言は普通に言われるよりキた様な気がする。

「話を止めてすまない。続きを始めてくれ」

「……独り言だけどな」

 促した俺の言葉にそう返すと、彼女は牛乳を飲み干し、再び口を開く。





「っだぁー! あっち行けよっ、おめーはぁー!!」

 いくら怒鳴っても離れないチビ助に、いい加減ブチ切れそうだったが何とか堪え、当てちまわねぇように注意しながらアイゼンを振り回す。けど、それすら追い払うのにゃ足りず、っつーか、逆に遊んでもらっていると思ったみてぇで、アイゼンのハンマー部分を追っかけて左右に飛び回る。

「クー! キュー!」

「おちょくってんのか、手前ぇ!?」

「クルルルー!」

 アイゼンを突きつけてみたが、今度はそれに飛びつくとしっかり前足で捕まえ、嬉しそうに鳴きやがる。

「はぁ……」

 軽く押してアイゼンから剥がすと、思わず溜息が出た。あたしがナンかしたか? 何でこんなに懐かれてるんだか、まったく分からねぇし。しかし、このままここに居続けることも出来ねぇ。部品探しの途中だし……あんま気は進まねぇのもたしかだけど。てなことを考えながら開口部へと歩く。

「ク? キュウ」

 歩く。

「キュッ、キュッ」

 歩……

「クルルッ、キュ」

「ついてくんじゃねぇっ!」

「クゥッ!?」

 振り返り様に怒りのまま大声で怒鳴ると、今度はこっちの感情に気付いたのか、驚いたような鳴き声を上げて立ち止まる。

「あんましつっけぇと、潰すぞ?」

「クゥ〜……」

 さっき怒鳴ったのでこっちの感情を読むようになったのか、あたしの言葉に不満げな鳴き声を上げる。視線に力を込めて見下ろしてやると、チビ助はその場に座ってこっちを見上げてくる。

「動くなよ? そのままそこに居ろよ?」

 告げて振り返り、再び開口部へ進もうとして、

「キュ――」

「しっ!!」

 背後で動く気配を読み取って、チビ助の直前の床へアイゼンを叩き込む。今度は脅しだけじゃなく、半ば本気で。大した魔力は込めなくても、あたしとアイゼンの力なら数cmほどを砕くのは簡単で、飛び散った欠片がチビ助のあご先を叩いた。

「キュゥン!」」

 それが痛かったのか、もしかするとこっちの意思を感じ取ったのか、一度鳴いてその場に伏せる。しばらく睨んで動かないのを確認した後、振り返り、開口部まで走るとその勢いのまま空へ身体を投げ出す。

「ちっ……なんだってんだよ」

 厄介払いして胸が晴れるどころか、何かがグルグル言い始めたのに舌打ちする。

「キュー……ン」

 落下を感知したアイゼンが飛翔魔法を自動で展開する時、飛び出してきた方向から細い声が響いてくる。肩越しにちょっとだけ振り返ると、チビ助が縁に立ってこっちを向いていたのが見えた。小っちぇえ羽根を懸命に動かしてたみてぇだけど、さすがにもうちょい成長しねぇと飛べないみてぇだった。

「悪ぃけど、チビの相手はしてらんねぇんだよ」

 頑張ってたみてぇだったが、結局身体は浮かず、諦めて奥へと戻ってった。顔を前に向き直し、さっきは迂回したビルを今度は壁面に沿って上へ飛ぶ。胸のグルグルが少しでかくなった気もするが、無視する。

「黒助の面倒だって見てやらねぇといけねぇし、それだって元々ははやての為だしな」

 第一、連れてったとして、何処に置いとくってんだ。あたし等に黒助にはやて本人と、6人が既に居るんだ。チビのままなら家の中に住まわせられるかもしれねぇけど、母親のサイズまでなっちまったらどうすんだ? 庭か? 怪しすぎるだろ……まあ、はやてなら普通に喜びそうだけど。考えている間中、胸のグルグルがまたでかくなった気がする。

「……ッントに、何だってんだ、まったく」

 でっかくなったチビ助の首にはやてと跨って、一緒に飛んだら楽しいかなぁ……なんて、一瞬考えちまったからだろうか、さっきの細い、ココロを締め付けるような泣き声がまた耳に響いた気がした。胸のグルグルもどんどんでかくなって、耳に聞こえてきそうなくらいになってた。

「なんで……なんでこんなにムカつくんだ?」

『 Herrin ? 』(ご主人様?)

「ああっ! もうっ、うっせぇ! 戻りゃ良いんだろ!? 戻りゃぁよ!!」

 とうとう胸を締め付けるくらいにうるさくなったグルグルに負けないように叫ぶと、止まらずに背面宙返りと捻りを組み合わせて進行方向を入れ替える。自由落下速度に飛翔魔法を上乗せして、最初に向かった時より、そして、あそこから飛び去った時よりも上回る速度でチビ助の元に向かう。

「くそっ、もし怒られるようなことになったらアイゼンもだかんな!?」

『 Ja ! Mein Herrin ! 』(はいっ、ご主人様!)

 チックショぉ! きっと誰かが今のを聞いていても分からねぇだろうが、手から伝わる気配であたしにはそれが分かった。何で嬉しそうなんだよ、アイゼンは!? おまけに、飛翔魔法のキャパはそのままの癖に、更に障壁を角錐形に展開して空気抵抗を減らすとか、あたしはそんなこと命令してねぇぞ!

「っ!? 見えたっ!」

 んなこと考えているうちに開口部まで戻ってきていた。障壁を変形して通常の平面に戻し、エアブレーキ代わりにして減速しながら飛び込む。

「チビ助ー!!」

 外の光が届かない所の手前で床に足をつけないまま停止し、叫ぶ。けど、チビ助の声は聞こえてこない。

「おいコラ、チビ助! 出てきやがれ!!」

 もう一度叫ぶ。まだ応えは無い。もう一度と息を吸ったとき、やっとチビ助の声が聞こえた。

「キュー?」

「はぁっ……居るなら直ぐに返事しやがれ、こんにゃろ」

 吸い込んだ空気を、溜息にして吐き出す。前方に注意を向けるとフロアの奥で何かが動く気配がして、それがこちらに向かってくるのが分かったから、あたしはそのまま待つことにした。それから一分も待たずにチビ助は日向部分に姿を現した。

「その、なんだ、さっきは悪かったな。今更だけどよ、怒ってなかったら一緒に帰らねぇか?」

「クルル、キュ?」

 すっげぇ恥ずかしかったけど、我慢して話し掛けるあたしの言葉に、チビ助は首を傾げる。まだ言い方が悪かったんか?

「だからよ、あたしの家……ホントははやての家だけど、あたしが今住んでるとこに行かねぇか?、って」

「キュウ〜?」

 無意識に頬を掻いていた左手を握り締めて再度話し掛ける。チビ助は、今度は逆に首を傾げる。こいつ……まさか分かっててやってねぇだろうな?

「だーかーらー! 一緒に帰ろうぜ、って言ってんだよ! 来んのか? 来ねぇのか?!」

 我慢出来ずに怒鳴っちまった。同時に手をチビ助に差し出す。そして、それを見たチビ助は。

「キュー!」

 嬉しそうに鳴いて、こっちに走ってくる。んっとに、手間の掛かるチビだぜ。忘れてたけど、胸でグルグル言ってたのがいつの間にか消えていた。ありゃ何だったんだ? ちょこちょこ走るチビを見ながら、頭の端っこで考えていた。

「キュ!?」

「あん? どうしたチビ助」

 あと少しでってところでチビ助が足を止めた。手間の掛かる奴だな、なんて思いながら、こっちから近づこうとした。

「グルルルル、ギャウ!!」

「おい、どうしたんだよ?」

「グゥゥ……ギャウ、グルルッ!!」

 いきなりあたしに向かって威嚇し始めたチビ助。何なんだよ? まったく訳が分からねぇ?

「やっぱ、ダメなんか? なあ、チビ助ぇ」

「ギャウ! ギャウ! キュウ! クゥ! グルル」

「あたしにゃ、お前ぇがなに言ってるのか分かんねぇんだよ!」

「キュウ〜、グルルッ、キャウ! ギャウ、ギャウ、ギャウ!!」」

 時間を追って威嚇が強くなってくる。うるさかったのが無くなってすっきりしたはずの胸が、今度はもやもやしてくる。

「アイゼン、分かるか?」

『 Ich bin traurig ...』(申し訳ありませんが……)

 まあ分かんねぇよな、いくらアイゼンでも。途方に暮れそうになった時、

「キュウゥ……キュウ!」

 チビ助が威嚇じゃなくて、普通の鳴き声でひと啼きして、

「キュー……ゥルルルッ」

 あたしの身体がすっぽり入っちまうくらいの火球を作り出し、

「ルァッ!」

「……!!」

 こっちに向かって発射した。

「てめっ! どういうつもり」

 瞬時に左に大きく避け、チビ助に怒鳴ろうとしたけど、言い終えることは日向に被さる影を作り出した存在のせいで出来なかった。それは、地面から伸び上がったでっけぇ蛇みたいな奴で。目らしいものは無ぇが、先端はぽっかり開いた空洞のみてぇな口と、その直ぐ内側はびっしりと生えた剣先みてぇな歯が埋め尽くしてた。

「グラン・イーターかよ!?」

 それが何かは直ぐに分かった。星喰らいとも呼ばれるこいつらは、そのまま星を食う。正確には星の持つ魔力やエナジーを食ってでかくなる。食い意地だけ張った奴で、何でも食う。地面だろうが、森だろうが……生きてる人間だろうが。

「くっそぉ!!」

 こっちの魔法も通用するが、このデカブツの体当たりも半端じゃねぇ。あたしは更に横に避け、

「チビ助!?」

 さっきチビ助が立っていた場所に視線を戻すと、

―― チビ助は、まださっきの場所に立っていた。そこに、初めて見た時の頼りなさは微塵も感じさせず。

 そのことに気付いて、直後に起きるだろう予想図をブチ破れとばかりに名前を呼ぶ。

「チビ助っ!」

 そして、あたしの叫びは、

「逃げっ」

 デカブツの床を飲み込む轟音に掻き消された。

「あ……ああっ……ああああああああああああ!!
 手ン前えええええ!! 何しやがらああああああ!!」

 あたしは胸を突き上げる何かに身を任せ、アイゼンを構えてデカブツに突っ込んでいった。





 話し終えたのだろうか。彼女は口を閉じた後、手をグラスから離して、今は自分の膝を握り締めている。顔を俯かせて表情は見えないが、微かに肩を震わせているのが分かった。

「なあ、黒助」

「何だ?」

 震えそうに鳴る声を、奥歯を噛んで必死に堪える少女が尋ねてくる。

「何がいけなかったんだろうなぁ? あ、あたしさぁ、最初は面倒だって考えちまったんだけどさ、でも、はやての足が、な、治ってさ、一緒に乗れたらすっげぇ楽しいんだろうなって思っただけなんだよ。けど、それがあいつをあんな目に合わせちまったのかなぁ?」

「ヴィータ嬢……」

 何かを飲み込む音を交えて重ねられる言葉は、俺に向けられているが、感情は彼女自身に向けられているようだった。

「あたしがあそこに行ったからか? それとも、あいつを見つけたからか? 一度でも見捨てようとしたからか? なのに、戻ったからか? あいつの言いたい事を分かってやれなかったから? デカブツに気付かなかったから? そんで、あいつを守れなかったからか!?」

「余り自分を追い」

「あん時!」

 俺の言葉を遮って、テーブルの向かいに座った少女は、掛けていた椅子を後ろに蹴倒して立ち上がると、テーブルに拳を打ち付けて叫ぶ。

「最後、チビ助と目が合ったんだよ! アイツ、ちゃんと、しっかり立ってて、こっち向いて、あいつは全然チビ助なんかじゃなかったんだ!」

「まあ、落ち着け。皆が起きてくるぞ? 後、そこまで自分を追い詰めるもんじゃない」

 椅子から立ち、テーブルを回って彼女の横まで行き、肩を軽く叩いて座らせる。

「……なんで、っく、だろうなぁ? なんで、ひっ、アイツが……」

 ああそうか、と、少女の小さな背中をさすってやりながら考えていた。この少女も、牙持たぬ弱い者を襲う不条理に怒り、それと同じだけ、手をさし伸ばせなかった自分の非力さを悔い、涙を流しているのだと。あの世界に残してきた妹と似つかぬ色をした、妹と同じ二本お下げの少女の頭を見下ろし、話かける。

「ヴィータ」

「ひっ、く、な、んだよ?」

「強くなれ」

「う、んくっ、うるせぇ」

「そして、その、アイツの事を、覚えておいてやれ。ずっと」

「わかっ、ひっ、わぁってるよ! 忘れるもんか!」

 その応えを聞いて、この少女も、強い心を持っているの河分かった。ただ、今だけは。現実は冷たいだけじゃないことを教えてやりたくて。何度も顔を擦って涙を払う少女の柔らかな髪に、手の平を載せる。

「オイコラ、なんのつもりだよ」

「分からんか? 頭を撫でてやってるんだ」

「や、やめろよっ」

 慌ててこっちの手を払おうとしてきた。ならば、と、一瞬だけ殺気を放つ。

「てめ!? 何のつも」

「煩い、黙れ、撫でさせろ」

「お? ……お、おう」

 それから―――

 この、少々口汚いが、綺麗で強く、優しい心の少女が眠るまで、頭を撫で続けていた。

 テーブルに突っ伏し、安らかに眠る少女の口から、楽しげに呟かれた二つの名前を聞きながら。





...to be NEXT Dual World vol.9


皆さん始めまして。今まで、こちらでは読み専だった『にゃむりん』と申します。
他の方の活気ある創作活動に感化されて、この度、大岩様へと寄稿させてもらいました。
いかがだったでしょうか?
これは、お分かりの通り、大岩様の『Dual World』第八回をベースに書いています。
元となった作品の空気を出来る限りなぞらえてみましたが、自分の力量でどれだけ出来たのか、
崩したりしてないかが不安です……
では、長くなる前にこのあたりで失礼します。
posted by TRASH BOX at 22:54| Comment(6) | 三次創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いい感じの挿話でした。

幼竜との短い触れ合い野中で、はやてに感化されたのか、元々の素質が現れたのか、豊かな情感を見せるヴィータ。

……ハッピーエンドではありませんが、ほっとするというか暖かくなるというか、そんな話だと思いましたよ。
Posted by たのじ at 2007年07月29日 23:56
いいですね〜。

この黒背景とも相成って、しんみりとした感じがすごい伝わってきました。

自分は恥ずかしながら読み専ですが、一歩踏み出して寄稿されたにゃむりんさんには頭の下がる思いです…。

心温まる一幕、ありがとうございました!
Posted by sickness at 2007年07月30日 00:42
はやてが主になったからこそ手に入った気持ち。
今までなかった気持ち、強がっているヴィータとただ話を聞いてやる恭也。
ゆったり、けどしんみり。こんなテンポの話もいいと再確認しました。
Posted by 冬姫 at 2007年07月30日 02:03
 この段階でのお話、と言うのが凄く新鮮で、良かったです。また、まだ帰れるかも知れない、と言う希望があった時期の恭也が「青い髪」とか、「二本のおさげ」など、時折、元の世界を思い出している部分もとても切ない感じでした。
Posted by かれな at 2007年07月30日 07:49
こんばんは、にゃむりんです
コメントのお返しが遅くなって、申し訳ありません
読んで頂いた皆さん、有難うございます
そして、コメントを下さった方々、有難うございます。以下はそのお返しです

>たのじさん
 こちらではあまり拝見しないタイプのお話だったので、不安でしたが、こんなに早くコメントが頂けたので、それだけでも良かったなと思えました
 確かにHappyとは言えませんが、それでも冷えた世界にならないのは人の気持ちがあるから、それを表現できたら良いなと、拙いながらも頑張ってみました。それを感じていただけたなら、頑張りが報われたんだと思います

>sicknessさん
 こちらこそ、有難うございます。描きたかったことは前文で説明しましたが、私の拙い文でも感じ取って頂けて、嬉しいです。
 感想を頂けて、それがすごい嬉しいんだというのが今回よく分かりました。読み手であっても感想が。出来ることがきっとありますから、恥ずかしいということは無い、と私は思いますよ

>冬姫さん
 このテンポで、勢いのあるDW本編キャラを描いて、キャラ像を大きく逸れて行っていないでしょうか? 書いている途中、それが一番心配でした。態とそうする書き方もありますが、n次創作の難しさを実感しました

>かれんさん
 まずは、有難うございます。恭也の希望の部分は、実は意識していませんでした。なので、こういう感想を頂いて、逆に発見があって、こういうこともあるのだと驚くのと共に、こういう交流の楽しさを知ることが出来ました


 偶然、文章に詳しい方と知り合えたので、大岩さんにお渡しした後でしたが見ていただいたところ、まだまだだと言うことでした。ですが、四方のコメントを見て、これからも頑張ってみようと思えました。そして、また機会があれば、お目見えしたいと思います
 それでは、これで失礼します
Posted by にゃむりん at 2007年07月31日 21:01
 前コメントで、かれなさんのお名前を間違えたまま書き込んでしまいました。大変申し訳ありません。
Posted by にゃむりん at 2007年07月31日 21:03
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