2007年07月30日

奥様は魔女? エリオ×キャロ編 前奏 by さとやし

 最初にあった時は兄妹のようなものだった。
 一年に満たない日常は、人の縁と想いを強く結びつける。



1>朝の風景

 ちゅんちゅんちちち。
 スズメの鳴き声、カーテンから漏れる朝日、上がり始める気温。少しずつ目覚めへと向かう意識。気持ち良く起きられた朝に、枕元の目覚ましを止めながら起き上がる。
 隣のベッドに眠る少年を起こさぬように、枕元に眠るドラゴンを起こさぬように、彼女はそっと部屋から抜け出した。

 片目を開いてその様子を見ていた少年は、寝たふりを続けている。彼女の思いやりにくすぐったい気持ちになりながら。
 だが世の中は甘くない。
 かぷり。
「あいたーーーっ!!」
 フリードは、キャロが卵から孵して育てたドラゴンである。故にフリードにとってキャロは母親に等しい存在だ。結果、エリオは母親を奪った敵となったのである。
 顔に歯形をつけたまま、ブルーのパジャマを着たまま、ズボンに噛み付いたままのフリードを引きずりながら――洗面所で顔を洗う。
 キャロに見せれば甘噛みのやりすぎだとフリードを叱り、ごめんなさいと言いながら治癒魔法をかけてくるだろうその傷を、心配をかけさせたくないので、最近習い覚えた自分
の治癒魔法で治す。

 そして二度、三度と息を吸い心を落ち着けてキッチンへ入る。
 すると、キッチンへ向かう後ろ姿が見えた。彼女は振り返るとふんわりと優しい、照れを隠しきれない笑顔を向けてくれる。
「おはようエリオ君。ありがとうフリード、エリオ君を起こしてくれたのね」
「あぎゃ」
「う、うん、おはようキャロ」
 彼女のイメージカラーのピンクのパジャマ、その上から着けた清潔な白いエプロン。爪を立てて肩に止まっているドラゴンの事を忘れ去るほど、可愛らしい光景にエリオは内心涙を流す。
 自分は勝ち組なのだと、あの苦しい日々は間違いではなかったのだと。
「もうすぐ出来るから、待っててくれる?」
「あ、うん、いや手伝うよ。これ運んでおけばいいよね」
「うん、お願い」
 盆に移され、エリオの手によって運ばれる料理からは、心地よいほど美味しそうな香りが立ち上っている。
 白米、白味噌と豆腐のお味噌汁、大根の炒め物、出し巻き卵、緑茶――彼女の料理の師、高町恭也の趣味が前面に出た料理だった。
 大雑把と言っておきながら、女性と違って半ば趣味のような妥協を許さぬ男の料理。執務官でもあり、試験運用期間を終えようとしている六課の施設と機材と人員をはやてと共に片付けている最中のフェイトではなく、恭也が教えたからの和食である。
 真っ白いテーブルクロスのかけられた丸いテーブルに料理を並べていく。流石に彼女の作った料理をこぼすわけにはいかないと、攻撃を控えるフリードの姿がある。
 バチリ。
 雷の資質を持つエリオの魔力が無意識のうちに放射され、フリードは弾かれるが、もとより最強生物の皮膚、その程度では小揺るぎしないどころか痛痒すら感じない。
 そんな水面下の戦いは、一つのルールの下に行われる。
『キャロに気づかせない』
 ただそれだけを守って。

 朝の楽しい食事も終われば、二人と一匹はもう出勤の時間に追われてしまう。

 慌てながら新居のドアを抜ければそこはマンションのエントランスで、ちょうど出勤なのだろう、隣の部屋の住人がドアから顔を出していた。
「おはようございますフェイトさん、恭也さん」
「おはようキャロ」
「うむ、おはようキャロ嬢。宿六はどうしたかね」
 宿六って何だろう、とは思ったが、話の流れからするとおそらくエリオ君の事よね――と、そう考える。
「取りあえずフリードとエリオ君は玄関で何かしてるみたいです。宿六って言葉の意味はよく分かりませんけど」
「それでいいのよ、キャロは」
 チラと恭也を睨むフェイト。
 その手はキャロにはこのまま居てほしいとばかりに小さな肩を抱いていた。



2>勤務中

 設備、備品、人材に至るまでが網羅された部外費の書類が大量にデスクの上に並べられている。オンラインで処理すればいい、紙の無駄遣いと言われるかもしれないが、むしろこの位アナログのほうが機密を守るのに役立つ事もある。
「なー、なのはちゃん」
「んー、はやてちゃん、何?」
 視線は書類から動かさない。
 機動六課が解体されるか、形を変えて運用されるか、このまま継続するか。その審査の一回目が来週の差し迫っている。まがりなりにも部隊を預かる身、一切の妥協も許されない。
 八神はやてはロングアーチスタッフについての、リィンフォースIIは施設と備品についての、高町なのははスターズ分隊とライトニング分隊についての上申書の作成に余念が無かった。

「エリオとキャロが隣に引っ越してからなんやけど」
「お兄ちゃんとフェイトちゃんの事?」
 この二人の隣の家といえば、恭也とフェイトの家である。
「なーんかフェイトちゃん、腰の辺り充実しとるな、思わん?」
 げほごほっ!
 朝から口にするような話題ではない事を唐突に言われ、リィンはむせた、思い切り。
「な、なに朝っぱらから言ってるですかっ!」
「でも何だか、こう、色っぽくあらへん?」
 その言葉に二人は顔を赤くしながら視線を泳がせる。そう言えばそうかもしれない、と。

「ところでなー、シャマルが言ってたんやけど」
「もうエロネタはお腹いっぱいなんだけど」
「お腹いっぱいになるくらいユーノ君としとるん?」
 がしゃん。
 なのはの座っていた椅子が、急に立ち上がった事で弾き飛ばされ壁に激突、壁と椅子双方に多大なダメージを与えた。会話の内容をスルーしようと精一杯のリィンは、予算申請をどうしようかと悩むしかない。
「ははははははやてちゃんっ?!」
「なーんや『まだ』かいな。だらしないなー、ユーノ君は」
 まだ清い体ですかと、はやては諦めたような顔で首を横に振る。

「そそそそそそそんな事言うはやてちゃんはどうなのよっ!」
「あのー、なのはさん、それ言ったらどんどん泥沼になりそうなんですけど……」
 リィンの懇願は聞き入られる事が無かった。
 なのはがそれに気づいたときには、既にはやてが反撃に出ようとしていたからだ。
「うちか、うちは恭兄とや」

「あのー、それって、もしかして、お兄ちゃん?」
「そや」
 なのはとリィンははやての発言に顔を青くする。
 ヴォルケンリッターによる粛清が始まるのかと。
「あー、大丈夫、きっちり清算しとるしフェイトちゃんも知っとる」
「え?」
 あっけらかんと、なんでもないように言う。
「まぁ水面下で色々やってたんやけど、気づけばそーゆー関係になっとった」
 その水面下と言うのが何時、何処で、どんな深さで行われたかについては決して口に出さないが。
「けどな、それでも『恋人』にはなれんかった。本当に……悔しいけどな……」
 笑顔と言う名の無表情。
 けれど付き合いの長いなのはには、はやてのその作り上げた笑顔の裏側が見えてしまう。
 笑顔の裏の表は――泣き顔?
 はやてに限ってそんな事は無いだろう。
 まさか、と思いつつ、彼女の顔を凝視するように見るとまるで噴火するように唐突に立ち上がり――
「けど大丈夫やっ! このまま行けばフェイトちゃんも遠からずママに! その隙に愛人としての確固たる地位を築いたる!!」
 ろくでもない事を叫んだのであった


 くしゅっ。
「どうした、テスタロッサ」
「ううん、何か急にむずっとしただけ」
 缶ジュース数本を手に持ったシグナムがそれを配り歩いている。うち一本を受け取るとフェイトはそれを一気に飲み干す。
「それにしても悪いわね、はやてたちに書類仕事押し付けちゃって」
「主達も許してくれるだろう。何より我々は帰投直後、シャワーくらいは役得と思っておけ」
 二人ともまだ下着の上にシャツを羽織っただけ、頭にタオルを巻いただけの格好でくつろいでいる。男には想像すら出来ない、女所帯でしか発生できないシチュエーションが此処にある。
 そしてシグナムは手に持っていたジュースが配り終えた後にまだ一本残っている事を思い出すと、周りを見渡し、一人足りない事に気付く。
「キャロはどうした?」
「あの子なら先に上がったわ」
 フェイトは、私たちよりも髪が短い分乾かすのが早かったからと言う。それに納得し、廊下で待っているだろうキャロにジュースを渡そうとしてそこで自分が半裸である事に気付き、彼女は急いで服を着る。

 しかし、結局そのジュースは渡しそびれてしまう。
 壁際に設置されたベンチに背を預けて休んでいる恭也と、そこにもたれかかって寝ているエリオとキャロ。年の頃といい、仲の良さといい本当に――
「親子みたい」
「全くだ」
 くすりと、笑みをこぼした。
 視線を向ければ、シグナムも微妙そうに、けれど同じ笑みを浮かべている。
 そんな、一日の午後だった。



3>終業後

 不破と八景、そしてストラーダ。
 二人の武芸者がそれぞれの武器を手に歩み出る。
「初手は僕が貰います」
「譲ろう」
 それ以上言葉は要らなかった。

「悪鬼高町恭也!」
 管理局の花形、雷華、金色の姫君、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンを奪い去ったロリコンを誅せよと時の声が上がる。
「悪童エリオ・モンディアル!」
 六課最後の癒し系の双璧の一人、優しき獣使い、桃色の妖精、キャロ・ル・ルシエの若き花を摘み取った餓鬼を滅せよと雄たけびが上がる。
「正義の鉄槌を食らえぇぇぇえぇぇ!!」
 所詮この世は弱肉強食、数の暴力には何者も勝てやしない。つまり彼らこそが正義であるのだ。

 戦力比は百対二、いやそれ以上。
 嫉妬により、限界値をやすやすと超える莫迦者ども。その力は百どころか千、いや軽く万に匹敵しよう。
 だが対する二人も一騎当千。二人で二千、不破と八景、ストラーダでさらに二千。
 これでもまだ四千対一万。
 残る六千を埋めるにはまだ足りない。
「ハッ!!」
 どちらが吐いた気炎か。
 二人は臆面も無く、自分のキャラクターをかなぐり捨てて叫ぶ。
「「愛の力で六千追加だ!!」」
 この言葉を聞いた誰もが抱く疑問がある。
 どう考えてもこいつらは高町恭也とエリオ・モンディアルの個性(キャラクター)を捨て去っている、何故だと。
「ノリだ!」
「自分を追い込んでるんです!」
 どちらがどちらの言葉かは、誰にも簡単に理解できたらしい。やはりこいつらは所詮、高町とモンディアルだと。

「ストラーダ、カートリッジロード!」
 二度、三度と排撃音が鳴り響く。
 爆発的に膨れ上がる魔力とそれを纏う魔槍。
『Form Drei』
 電子音声と共に、槍は自らその形を変える。エリオの考えを現実に起こすために。
「サンダァァァァァァァァレェェェェェェイジッ!!」
 直撃はあえて避けられた。
 だが地を這う金色の蛇はのた打ち回り、急速に威力を減衰させながらも敵をなぎ払い行動不能へと導く。素早く反応した数人が自らのデバイスを避雷針として消去するが、それは既に致命的な隙を生み出した後でしかなった。

「不破、弾丸撃発!」
『Rock'n'Roll!!』
 狙うは将の首一つ。
 脳裏に描かれるのは、敵将へ最も効率良く接近するための勝利の道。
「疾るぞっ!!」
『Circuit of field』
 敵将への道が既に生み出されている。
 神速併用のために作られた強化型の力場を駆ける彼の姿をその目に映す事が出来る者がどれほど居ようか。
 そう、既に彼は駆け抜けた後だった――!!


「あー、エリオも随分染まってきたなー」
 屋上から眼下の光景を、焼き鳥片手に見物するヴォルケンリッターの女性陣。まだ仕事のあるスターズ分隊のヴィータは麦茶だが、もう上がりになるライトニング分隊のシグナムはビールを飲んでいる。
 一人だけ何も食べず、何も飲まず、目を逸らしているシャマルの挙動不審が気になりはしたが。
「まぁ、今日のところはこんな物だろう」
「六課の人材がどうなるか、今が瀬戸際ですもの。今のメンバーで楽しく暴れられるうちに暴れておきたいって気持ちじゃないかしら」
 シャマルの言葉に、場が静まる。
「まあ、そうだな」
「お偉いお歴々の方々は、此処みたいに力が集まるのを歓迎しねーって事だろ? 分かってるよそのくらい」
 戦力の一極集中、しかもそれがごく親しい、私兵的な側面を持つのなら、現在において権力を持つ者達が歓迎するはずも無い。

「あたしらもまたバラバラかな?」
「家では会えるでしょうけど…」
「ユニゾンデバイスであるリィンと、守護獣のザフィーラは主に付き添うだろうが、我々は…まず無理だろうな」
 漏れるのは溜め息ばかり。幸せが逃げるからと、それを飲み物と一緒に飲み干す。
 時間は過ぎていく。
 見下ろせば、そこかしこで乱闘まで起こしながら、笑いながら馬鹿な連中が喧嘩している。最初の内こそデバイスまで持ち出していたが、今では楽しい喧嘩、そんなものをやっている。
「全く、羨ましい限りだ」
「あたしもさー、後に遺恨を残さねーように今のうちにバカやりてーなぁ」
「やってるじゃないですか、色々と」
 過去にすらなっていない今を懐かしむような発言を、シャマルがたしなめるように言う。むしろ、今からでもバカな事をすれば良いと嗾けるように。
 互いにそうだなと三人は笑う。
 不破が生成したのか恭也が最初から持っていたのか、白覆面のリーダーに栓抜きで攻撃している姿を見て、また笑う。何時まで見れるか分からないこの光景を、忘れないために。

 そんなときだ。
「……二人とも」
「何ですかシグナム」
 また空気を読まない発言かしらと思いながらも、無視すればしたで不機嫌になるシグナムの事、シャマルは言葉を促した。
「聞いたか?」
「何をですか?」
 ワンフレーズの応酬。
 シグナムの目が既に戦場のそれになっている事を察し、ヴィータも注意をそちらに向けていた。
「自称狼の犬の事だが」
 既に、苦楽を共にした仲間にも極々自然に犬扱いされているザフィーラ。一体何があったのだろうか。
「もったいぶるなよ。ザフィーラがどうしたんだ」
「ついにアルフにプロポーズしたらしい」
 かつん。
 ヴィータの手から串が落ちた。木製のそれは何故か、コンクリートの屋上に突き刺さる。
「へ、え、やるじゃんザフィーラ。で、結果は?」
 深く深く溜め息を吐き、首を横に。
「残念だが、上手くいったらしい」
「へぇ……」
「ふうん……」
 ヴォルケンリッターはザフィーラを除けばみな女性である、そしてその主も。そして唯一の男性であるザフィーラに抜け駆けされたとなれば……もはやすべき事は一つになる。
「はやてとリィンには知らせるか?」
「いえいえ、私たちで『処理』しちゃいましょう」
「黒いぞシャマル、それには賛成するが」
「するのか、賛成?!」
「しない理由が無い」
「それでどうすんだよ」
「別れさせたら、ばれた時が怖いですから『大成功』してもらいましょう。もう、祝われた二人が居たたまれないくらいに盛大に」
 シャマルは白衣を軽く開いて見せた。ネオンのように自ら光り輝く極彩色の怪しげなドロリとした試験管が、二人の視線を釘付けにする。
 そして、エリオと恭也は自分達が知らない理由で――ザフィーラと言う尊い犠牲のおかげで――命拾いするのだった。


「あ、エリオ君、血が出てる!」
「大丈夫だよこの位。ほら、唾でも付けておけば治るっていうじゃないか」
「駄目! ばいきん入ったら大変なんだもん!」
 下から見上げるような上目遣いで、本気で心配する目を向けられれば流石にエリオも折れる。
「じゃあ、頼むよ」
「はいっ!」

「ぎー……(エリオめ、キャロはぼくのお母さんなのに……)」
 その二人の仲睦まじい様子をみんなが微笑ましく、かつ、羨ましく見守っているというのに、フリードは怒っていた。キャロがかいがいしくエリオの治療をする様子を見て。
 すぅう――音を上げてフリードが息を吸い上げる。口の前には火球が作られていく。後は吸い込んだ息を媒介にして、込められた魔力で火球をぶつけるだけだ。
 殺った。
 勝利を確信し、彼は――
 がぶ。
「あぎゃ(あれ)?」
 首根っこを――
「みぃー(横恋慕はみっともないよ)」
 天敵のトラジマ子猫に噛まれていた。
「ぎーぃー(なぁーにぃー)?!」
「みーぃみぃ、みー(たまには二人きりにしてあげなさい。全く、これだから子供は……)」
 逃げようと羽ばたいても、込めた魔力はすぐさま霧散してしまう。
 暴れて逃げようにも、首を噛まれているし、牙も爪も足も尻尾までもが後ろには届かない。
「みゃー(今日は存分に二人っきりで過ごしてくださいねー)」
「ぎゃー(はーなーせー)」
 哀れなフリードはその日、八神家にお泊りする事になった。ただ、ご飯が美味しかった事だけは彼の慰めになっただろう……。



4>夜の二人

「あ、はい、わかりました。ではフリードの事お願いします」
 携帯を両手で持ちながら、何度もありがとうございますと言いながら、彼女は電源を切る。その表情には行方の知れ無かったフリード――召還魔法による呼び出しは、フリードの自主性を傷つけるのであまりやりたがらない――の居場所が知れた事でようやくいつものほっとしたような、少女らしい優しいものに戻る。
「どうだった?」
「うん、フリード、虎丸ちゃんと一緒に居るみたい。シグナムさんが面倒見てくれるって」
「へぇー。てっきり仲悪いと思ってたけど、あの二人、仲良かったんだ」
 それは全くの誤解である。どの様な生き物にも天敵はいる。最強の生物のドラゴンだからこそ、天敵となりうるものが虎丸であっただけの話だ。

 しかしやがて、二人は気づく。
 今夜は二人きりであるという事実に。
「……」
「……」
 嫌なものではないが、根深い沈黙が落ちる。
 心臓の音、駆け巡る血、熱くなる体、赤い顔。
 フリードと言う防波堤が居てくれたおかげで、今まで『同居』で住んでいた感情が、出所を探しているのを理解せざるを得なかったのだ。
「エリオく――」
「キャロ――」
 同時に出る相手の名前。それに気付き、反射的に相手の顔から目を逸らす。

 かっち、かっち、かっち、かっち。
 普段全く気にならないはずの時計の音が耳にうるさく感じられる。
「な…なんだか熱くない?」
「そ、そうね。ええとエアコンのリモコンは――」
 フリードを心配してシャワーを浴びる時間も無かったキャロの、汗の匂いを感じてエリオは驚きに卒倒しそうになる。汗臭いのではなく、むしろ良い香りに感じてしまって。
 そしてキャロも同様に、エリオから汗の匂いを感じ取っていた。やはり汗臭さを感じるよりも前に、男らしさを感じる。
「あ、そ、そうだ、フリード探してそれどころじゃなかったし、シャワー浴びてきなよ。
僕はちょっと用があるから」
「そ、そそそそそそそう? じゃあ先に入ってくるね」
 互いにぎこちなく、まるで油の切れたブリキの人形のような動きをする。
 そしてシャワーの音が聞こえてくると、エリオは緊張に耐え切れず『隣に行ってきます、すぐ戻ってきます』と書置きして逃げ出した。


 リビングのテーブルにはウイスキーのボトルと二つのグラス、荒く砕かれた氷が並んでいる。先ほどまで二人で飲んでいたのだろう、適度に回ったアルコールにフェイトの肌は赤く染まっている。
 そしてこのフェイトの白い肌がうっすら赤くなったこの姿、昨日までのフェイトなら直視できず逃げ出していたに違いない。だが今は違う、全く別の事を考えていたからだ。

 まるで信号だな。
 これがエリオを見た恭也の忌憚の無い意見だった。
「つまり」
 頭を抱えながら、恭也は隣に座るフェイトに目配せする。
「どうしたら良いか、分からないわけね」
「……はい」
 流石にアルコール摂取は問題があるので、フェイトが用意してくれたミネラルウォーターを口にすると、緊張で喉がカラカラ乾いている事に今更気付き、一気に飲み干す。
「先に言っておくがエリオ」
 普段滅多にしない――フェイトと二人きりの時は別――真面目な顔をして言う。
「まだ体が出来上がってないから、劣情に支配されて襲うなどしないようにな」
 言われた意味を理解する。しかし口に含んでいる水を吹き出そう物なら、吹きかけられるだろう目の前の二人にナマスにされるだろうから、むせながら何とか嚥下する。
「なんて事言うんですか!!」
「冗談でもなんでもない。事実、やる奴はやる。だが未成熟な体にかかる負担はお前が想像しているよりも間違いなく大きい。もしお前が本当にキャロ嬢の事を大切に思っているのなら、今は待て」
 言って手に持っていたグラスを置く。
 そこでようやくエリオは気付く。まだ恭也が飲んでいなかった事に。彼は素面である事に。
「恭也さん、もうちょっと言い方変えましょうよ。ほらエリオも固まってるし」
 しどろもどろに場を収めようとするフェイトに、恭也の言葉の意味を理解して顔を赤くする思春期の少年。犯人はなんて楽しいカオスだろうと内心ほくそえむ。
「ええとその、ね、恭也さんの言っていた事は極論過ぎるけど、一応は覚えておいて」
 言い含めるように、一言一句丁寧に。
「エリオはキャロの事、好き?」
 砂地に水が染み入るように、その問いは心の中に瞬く間に染み渡る。
 嘘も間違いも許されない、深くて重要な質問だ。
「きっと、多分、間違いなく」
 単語を口にする。それは口に出された事で、一言ごとに自らの心境をより明確で堅牢なものに変えていく。
「じゃあ、どうしたいの?」
「えっ…?」
 彼女をどうしたいのだろうか。彼女への自分の想いがどの様なものであるのか、それを考えるばかりで、形にも言葉にもしていなかった事に気付いてしまう。
「好きには色々な形があるわ、強さやあり方、それに月日を重ねる事で強くなったり弱くなったり別の形になったりもするの」
「何しろフェイトは、最初俺の事を親友の兄代わりの変な人、としか認識していなかったからな」
「それは今もなんじゃ?」
 ひょい。
 ぴんっ。
 無拍子の――ための動作があるはずなのに――デコピンを食らったエリオは悶絶する。
「さてフェイト、この生意気な小僧に話の続きを」


 浴槽に身を沈め、一日の疲れが湯に溶け出すようなイメージを描きながらゆっくりと体を伸ばした。女性らしくなり始めた少女の体が、ゆらゆらと揺れる水面の下に見える。
 先日にシャワールームで言われた言葉――
『悲観すること無いよキャロ、これはこれで需要があるさ』
『子供になんて事言ってんのよ、このおバカ!』
 スターズ分隊の二人のドツキ漫才に発展したその言葉を思い出し、キャロは自分の胸を見る。
「エリオ君が好きなのは、きっとフェイトさんみたいに奇麗な大人の女性だよね……」
 ぺたり。
「……ないわけじゃ、ない」
 そう言って、親しい年長の友人たちの姿を思い浮かべる。
「まだ、望みはあるもん」
 負けない。
 そう思って湯船から出る。
 タオルにボディソープを付けて、自分の体を磨き始める。今出来る最高の自分になるためにと。


 答えなんて出なかった。
 エリオは複雑になり続ける世界、自分が見える事の出来る世界がこれほど広くなる事に今まで気付けなかった。分からないことが多すぎる。世界はもっと簡単なものであってほしかったと。
 そんな事を考えて、自宅の扉をくぐる。

 きゃろ の かいしんのいちげき
 えりお は 9999の だめーじをうけた
 もうやめて、エリオのライフは0よ!

 風呂上りの上気した頬、石鹸とシャンプーの匂い、洗い立てのピンクのパジャマ。出迎えてくれたキャロの姿に受けたダメージは許容量を超えていた、気絶して倒れなかったことを賞賛したいほどに。
「お帰りエリオ君。こんな時間にお邪魔して、恭也さんとフェイトさんにご迷惑じゃなかった?」
 シャワーを浴びているうちに落ち着いたのだろう、いつものキャロに戻った――ように見える――姿に安堵するが、それと同時にエリオは六課の男性職員が時折叫ぶ『萌え』の意味をついに理解してしまった。
「うん、相談にのってもらって。もう大丈夫だよ!」
 ほらもう元気、といわんばかりに力コブを作って見せる。
「じゃあ僕もシャワー浴びてもう寝るからさ!」
 話はここでお終いと言わんばかりに玄関から真っ直ぐ浴室へ。キャロの匂いがまだ残っている事を感じ、換気扇を全開にして、その上蛇口を全開にして冷水を浴びる。
 そして浴び続けるまま延々と呟く。
「煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散……」
 贅沢な悩みを持つ少年である。
 ・
 ・
 ・
 エリオは全く眠れずにいた。時計の音は相変わらず煩くて、いつもなら余計だとしか感じないフリードの寝息も聞こえない。心臓はガソリンでも燃やしているかのように熱い血液を全身に送り続けている。
 そんなエリオだからこそ、全ての感覚が剥き出しになったかのように過敏になっていた。
 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
 闇に慣れた目は部屋の中を簡単に見通してしまうし、聴覚は自分の心音を自覚させてしまうし、嗅覚は部屋の中に満ちる空気に混じる匂いを自覚させる。味覚だってそうだ、空気にさえ味があるように感じられてしまうし、人がいる事で起きる空気の流れも肌で感じ取れている。
「エリオ君……」
 小さな声に、その乱雑な五感と思考が引き寄せられる。
 振り向けば、そこにキャロが上体を起こしてベッドに座っている姿を見た。
 彼女はエリオが起きている事を知ると、より一層緊張したようである。どうしたのだろうかとエリオも上体を起こす。その動きにキャロは驚き、けれど逃げようとせずにベッドの上に座ったまま留まった。
 彼はふと、仕事で現場に出ていたときの顔に似ているなと思った。
 緊張と、不安と、信頼と、それが綯い交ぜになった表情に似ていると。
「一緒に寝て良い?」
 恥ずかしそうに、両手で大きな枕を抱きながら、顔を隠すようにしながら、それでも小さな声だけれども、はっきり言った。
 キャロの勇気。エリオは迷う事も出来なかった。
 だから、言う勇気も無かったはずなのに。
「うん、いいよ。一緒に寝よっか」
 そう言えた。

 初めて入った一緒のベッド、けれどお互い背中合わせ。はじっことはじっこに横になって、触れないように気をつけて。それでも伝わってくるぬくもりを感じながら、結局二人はそろって眠れなかった。
 ただ一緒に寝ただけで、眠れなんてしなかった。
 寝返りだってうてやしない。
 緊張とぬくもりに晒された夜が明けて、朝になって、いつも起きる時間になって。
 互いの顔を指差して大笑いした。すごい寝癖、すごいクマだと。
 昨夜の緊張が馬鹿みたいだったと、大きな声で二人は笑った。

 そして朝一番に、エリオから感じるキャロの匂いを鋭く嗅ぎ取ったフリードが大暴れするのだが、それはこれからずっとに違いない。この二人がいつか、離れる事の無い思いを抱くのなら。



あとがき
 二人はまだ子供なので本編では無く『前奏』です。分かりやすく言えば『同居』の段階であって『同棲』ではありえません。
 そこっ、タイトルだけでダディフェイスとか連想しない、二人はまだピュアなのですよ?!

 時系列と世界観は『奥様は魔女? フェイト編』の少し後ですね。
 二人はまだまだ子供ですし、プラトニックですし、皆さんが期待しているような事は全くありません。保護者であった高町夫妻に気を使い、ちょうど空いた隣の部屋を借りて同居を始めたところです。
 現在、同居した事で近くなりすぎた距離に悩んでいる模様。

 段落3の違和感は、それを屋上から眺めているシャマルさんの挙動不審な様子で納得できるかも?


白覆面
 対外的には『遺恨を残さぬように顔を隠しての、実戦的な模擬線』とされる。
 何故なら、顔を隠していると言う明確な『敵ユニット』を登場させることで、それを狙うようにと指示されているように見えるからだ。
 彼女を作ると粛清されるので、彼女持ちは抜ける事が出来ず苦悩しているらしい。


モノローグ
 奥様の名前はキャロ。そして、だんな様の名前はエリオ。あまり普通でない二人は、回りから冷やかされる内に恋をし、年齢に挑戦する結婚をしました。でも、なにより違っていたのは、だんな様は熱血少年で、奥様は『現役』魔法少女だったのです。

 もしこれが『前奏』では無く本編だった場合は上記のようになるわけです。
 しかし最後の『魔法少女だったのです』のくだりですが、よくよく考えてみると他メンバーは『魔法少女・だった(過去形)』に。なのでキャロの場合、差別化で前置詞代わりに『現役』の文字が追加されてます……。
posted by TRASH BOX at 23:13| Comment(15) | 三次創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フェイト編の後…でこれというコトはおめでとうキャロ、ちゃんと前進してるから!

年相応の恋愛…あぁ、他キャラと違って安心して読める。
まあ本人達以外がいろいろやらかしてますが。

最後のモノローグは危険すぎ…
Posted by 冬姫 at 2007年07月31日 00:02
まさかキャロ×エリでシリラブがくるとはw
ちゃんと子供たちの恋愛を考えている恭也とフェイトに激しく同意です。戸惑いながら、求め合いながら彼らがどんな恋愛で歩んでいくのか楽しみになってきました。
Posted by 現在発酵中(IN ペットボトル) at 2007年07月31日 00:31
ピュアですなぁ。うん。勝ち組だよ>エリオ
タイトルだけ見て恭也×エリオ×キャロ??なんて考えた俺は死になさい(ぉぃ
でも、ピュアなのに微妙に恭也に染められてるエリオの今後が心配ですw

はやてのこととかヴォルケンズの今後の事とかいろいろ考えさせられるところもいいスパイスになってますね。
そして、なにげに健気なはやてをちょっとだけ応援してみる(ぉ
Posted by MK2 at 2007年07月31日 00:50
この先何度もエリオとフリードのキャロをめぐる熱い戦いが繰り返されるのでしょうw

…にしても白覆面'Sとの戦いがいい訓練になってますね。そのうち管理局無双としてあらたな伝説が…

そしてスバルがはやてのセクハラ+シグナムの空気の読めなさを受け継いでいる件について。
いやーティアナがこの先苦労しそうだな。
Posted by surt at 2007年07月31日 00:54
アクセル全開だなあ、はやてwww

初々しさが前面に押し出されてる二人。ものすごく微笑ましいですね……陰で暗闘(フリード×エリオ)があったりしてますがw

そして何気にいい感じな恭也とフェイト。というか、この4人って本当に家族みたいです。
4人で遊園地行ったり、恭也とエリオの戦闘訓練を優しく見守るフェイトとキャロとか、ナチュラルに想像できてしまいます。
いいなあ、こういうアットホームな家族…………
Posted by ソル=ブラッサム at 2007年07月31日 01:06
先ずはお疲れ様でした。
本日其の1拝読致しました。

まさかのエリ×キャロ、次は何が来るか
予想できませんが其れも愉しみです。

しかし、奥様は魔女?シリーズの
時系列のまとめが欲しくなって来た自分にorz
Posted by hou at 2007年07月31日 01:59
>劣情に支配されて襲う
本番さえしなければ大丈夫では?と一瞬でも脳裏に浮かんだ私は汚れてるんでしょうね・・・死んでしまえ私w

しかしキャロの天然さがいい具合にエリオを追い詰めてますなぁ。
何時まで我慢できるか見ものです(苦笑

はやてははやてであきらめたと思いきや愛人狙い・・・・・フェイトもはやて相手じゃ強くいえそうに無いから成就できそうなところがこれまた怖いですw

最後に
>そしてこのフェイトの白い肌がうっすら赤くなったこの姿、昨日までのフェイトなら直視できず逃げ出していたに違いない

この二つ目のフェイトってエリオと間違っていませんかね?
Posted by J at 2007年07月31日 04:14
キャロは天然(ボケと言う意味でない)ですよね?
何故か、作為的なものを感じられるのですが…
毒されてるのか、そう言う『純粋』なものが無くなったのか…
何気に凹むな… orz
Posted by 月 at 2007年07月31日 12:58
コングラチュエーションギネスの世界にようこそーではないのか。

ザフィーラとアルフ編もあるとみた。
Posted by 水城 at 2007年07月31日 14:26
 4人とも良い家族してますね・・・ その内、本当に夜天の主も加わったりして(笑)。
 そして、ユーノ。 あんまり玉無しな行動とってると、恭也かフェイト、もしくは酔いに任せたはやてに横からかっ浚われそうですね。

 次はリイン(初代)編とかありませんか?
Posted by 福茶 at 2007年07月31日 16:50
 おぉエリ×キャロ物ですかぁ。やはりこの4人は本当良い家族してますな。そして何気に愛人宣言しているはやてのバイタリティに乾杯。
Posted by パッサッジョ at 2007年07月31日 20:07
皆さん感想ありがとう!
と言うわけで返信行きます!

>冬姫さん
 せめて、せめてこの二人くらいは普通の恋愛を……そんな気持ちが此処に溢れてます。
 六課にこの場所が知られれば命は無い……!!

>現在発酵中(IN ペットボトル)さん
 キャロはエリオでしょう?
 というか恭也だったら犯罪どころじゃすまないし……トリプルブレイカーズ暴走の危険性がありますから。

>MK2さん
 タイトルでそれを連想するとは……なんて恐ろしいッ!
 今後については、やはり気になりますから、憶測も含めて色々考えませんと。

>surtさん
 エリオとフリードの確執。フリードはまだまだ赤ん坊ですからありそうですよね。
 管理局無双、なんと言いえて妙なのでしょう。
 スバルの獲得属性については気にしないでおきましょうよ。

>ソル=ブラッサムさん
 のーのー、はやての本気はこんなものじゃないですよ。
 やっぱり恭×フェイはエリオ×キャロとセットのような気がします。二つのカップルの関係は親子っぽく、で。

>hou
 次に出せそうなのはフェイトの前奏でしょうか?
 時系列ですか?
 基本的に前奏は『フラグ乱立』の時期で、回収された結果が『本編』。本編はパラレルで、恭也の相手が違うものの基本的に似たようなイベントが起きています。

>Jさん
 本番って、本番って……『鬼だ!』by春日部さん@げんしけん
 はやてとフェイトは境遇が似てますからね、はやてが恭也に求めるものを理解できてしまうでしょうから……ありそうですね
 >そしてこのフェイトの白い肌がうっすら赤みを帯びた姿。しかしキャロの姿に気を取られているエリオであるから、昨日までならこのフェイトを直視できず逃げ出していたに違いないのに〜
 こんな感じに修正すべきですね。

>月さん
 天然98、願望1、その他1です。その他は乙女の秘密なので我々男には全く分かりませんが。

>水城さん
 ギネスはアウトーーーー!!
 言ってるじゃないですか、二人はまだまだ幼いピュアっ子なんだーーー!!
 ザフィーラ×アルフは上手く書けないんですよね、まだ1割から2割くらいですよ。

>福茶さん
 加わりかねないですね。
 ユーノについては、近々独自解釈による無限書庫の真実と共にお送りする予定です。

>パッサッジョさん
 ええ、ええ、この世界の数少ない救いです。
 はやては有言実行の女です。それこそがはやてでもありますから。


 ではまだ色々画策しておりますので、近日中に。
Posted by さとやし at 2007年07月31日 20:56
さすがにキャロは恭也とでは無理がありますよね.....


年齢差三倍以上って洒落になってません
恭也に年齢的に釣り合う人ってリンディさんくらいですかね
Posted by ひより at 2007年07月31日 23:41
終始にやにやが止まりませんでしたw

激甘ですね! 
今回はシリーズ中でも屈指の作品だと感じました。
毎回更新楽しみに待ってますw
これからも「奥様は魔女」シリーズお願いします。
Posted by プロト at 2007年08月01日 00:50
是非とも次の奥さまシリーズは、アリサかすずかをお願いします。
Posted by マクシーム at 2007年08月01日 07:43
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