2007年08月02日

一日里親制度 前編 by たのじ

シーンその一 恭也とエリオ

「初対面で緊張しているのはわかるが、もう少し気楽にしていいんだぞ」
「は、はい……。すみませんでした」
 恭也の車の助手席に、はやて以外の人間が乗るのは珍しい。
 今日はその珍しい日であるのだが、同乗者はそれとは関係ないところで、緊張で固まっていた。多少声をかけたところで、その堅さは解けそうに無かった。
 その様子に小さく苦笑を浮かべて、恭也は当面声をかけるのを諦めた。何を言っても同じだと思ったからだ。昔はその無愛想っぷりから、なのはの友達に怖がられて泣かれた記憶だってあるのだ。
「(はやてがいれば……。まあ、フェイト嬢に会えば、この子の緊張も解けるだろう)」
 フェイトとの待ち合わせ場所まであと僅か。この子は彼女によく懐いているそうだし、任せてしまえば安心だ。恭也はそう考えていた。
 しかし、実際のところ、同乗者たるエリオ・モンディアルは、恭也を怖がっていたわけではなく。
「(フェイトさんのお友達なんだから、失礼無いようにしなくちゃ)」
 ――僕が迷惑をかけたら、フェイトさんにも迷惑がかかっちゃう。
 等と、年齢に似合わない義務感めいたもので固まっていただけであり、恭也の心配は杞憂に過ぎないのだったが。



 さて、高度に発達した社会であるミッドチルダ世界には、当然のように数々に福祉関連法が存在する。法を運用する人々の努力もあって、国民に対するサービス度の高さは次元世界有数である。
 無論、人間のやることであるからして、全てが完璧というわけではなく、法律の不備もあれば、法律を悪用する輩も存在する。
 その上で、誰もがその効果と道義性を否定できないもののひとつとして、一日里親制度というものが存在する。これは、簡潔にまとめるならば、身寄りの無い孤児たちを、ボランティアの一日里親に預けて共に過ごさせる、というものになる。
 この制度の狙いは、孤児たちに家庭の雰囲気を感じさせることで、そのストレスを和らげること、一日里親たちに対しては、社会奉仕への参加を促すことにある。また副次的な狙いとして、一日里親に立候補する人々が、そのまま孤児たちの里親になってくれることを期待するものもある。要は、養子縁組のための”お見合い”でもあるのだ。
 ミッドチルダで”大人”に期待されるような、ある意味わかりやすいボランティア精神が著しく不足しているように見える恭也であるが、積極的に行動しないだけで、人並み以上に子供に対する義務感はある。だからこそ、親しい友人であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンに頼まれた時、快くこの一日里親役を引き受けたのである。
 本来ならばもう一人、八神はやて(+リインフォースII)も里親役をする予定だった。ところが、彼女と恭也が、大いに世話になった上官であるロウラン提督にまとめて拉致られた
『今日の会合は出ておきなさい、”八神三佐”。貴女の希望を叶えるためにも、人脈作りの機会を逃す手は無いわ』
『久しぶりにフェイトちゃんに会える筈やったのにー』
『お爺さーん。後のことは頼みましたですよー』
『フェイトちゃんとアルフと、まだ見ぬエリオ君とキャロちゃんによろしゅうなー』
『よろしくですよー』
『それじゃ恭也君、はやてさんは借りていくわよ』
……ために、制度上は少々問題があるのだが、恭也一人で里親役を引き受けることになった。
 そして今、エリオを連れた恭也が向かう先は、クラナガン近郊のとある児童保護施設。執務官としての任務の傍ら、身寄りの無い子供達の保護に熱心なフェイトが、直接世話をしている二人の子供の一人、キャロ・ル・ルシエのいる施設である。



シーンその二 フェイトとアルフ、そして子供たち

「恭也のやつ、まだかなぁ?」
「もう少しだから、大人しく待ってようね、アルフ」
「はぁい」
「でも、晴れてよかった」
 夏に向かう前の季節、空は晴れ上がり、風は優しい。絶好の行楽日和だ。
 施設を出たところのメインストリート沿いで、フェイトは恭也を待っていた。左手は使い魔のアルフ(幼女モード。体格に似合わぬ大振りのバスケット装備)、右手はそわそわと落ち着きの無い少女の手で塞がれている。
「フェイトさん……」
「キャロ、大丈夫。恭也さんは私のお友達で、優しい人だから。キャロにもきっと優しくしてくれるよ」
 管理局本局の保護施設にいるもう一人の子供、恭也の連れて来るエリオと、隣で不安と期待をない交ぜにした表情を浮かべているキャロ・ル・ルシエ。フェイトが世話をしているこの二人は、実はまだ直接顔を合わせたことが無い。
 せっかく自分が世話をしている子供たちなのだから、子供同士仲良くなって、出来るならば自分と親友達のようになってほしい。
 ――子供たちにいい友達を作ってあげたいな。
 そんなフェイトが親心に突き動かされるままに計画したのが、エリオとキャロの顔合わせである。
 キャロは保護者である自分が、エリオは恭也とはやてを一日里親役として連れ出し、外で合流(如何に保護者といえど、別々の施設に入っている子供を同時に連れ出すのは、制度が許さなかったのだ)する。そして、子供の扱いは自分並か、それ以上に上手い恭也とはやてに――彼の”扱いの上手さ”には多少不安もあったが――手伝ってもらって場を和らげ、子供たちがリラックスできるようにする。それがフェイトの目論見だった。
 はやてとリインが拉致られたことは予定外だったが、とりあえず本来の目的は果たせそうだ。それに、はやてには悪いが、このままだと恭也が父親役で、自分が母親役ということになる。このシチュエーションは、
 ――ちょっと……どきどきするな。
フェイトにとって、必ずしも悪いものではなかった。
 決まった相手がいるとはいえ、恭也は彼女にとって数少ない(というかほぼ唯一の)、長く親しい付き合いがあり、かつ好意を持っていると言える異性だ。仮のものであっても、その彼が配偶者役であれば、心が踊らないはずが無い。
 ……ちなみに、付き合いの長さならばユーノ・スクライアは恭也以上だが、彼女にとってのユーノは、大親友(なのは)の幼馴染・たまに世話になる無限書庫のトップ、という認識でしかない。
「恭也さんは優しい人だし、エリオはキャロと同じでとってもいい子だから、ね?」
「……はいっ。頑張ります」
「そーそー。恭也はちょっと意地悪で変なヤツだけど、エリオはいい子だからねー」
「アルフ、駄目だよ。……そんなこと言っちゃ」
「その間は何かなー? フェイトもそう思ったろ?」
「……(どんな人なんだろう……)」
 まだ不安そうなキャロをなだめ?ながら、フェイトはエリオと恭也の到着を心待ちにしていた。



「はじめまして! エリオ・モンディアルです! 本局の保護施設から来ました!」
「あ、あの、はじめまして……。キャロ・ル・ルシエです。わたしは……」
「二人ともー? そんなに畏まらなくっていいんだよ? もっと気楽にさぁ」
 初めて顔を合わせたエリオとキャロだったが、二人ともフェイトが自慢するだけあって、非常に”礼儀正しい、いい子たち”だった。アルフが混ぜ返さなければ、背筋を伸ばしたままで一日過ごしそうだった。
「こらアルフ、人の話を遮るのは失礼だぞ。……だがまあ、二人とも、これから遊びに行こうというときに、そんなにお行儀よくすることも無い」
 フェイトと揃って苦笑していた恭也が、膝を曲げて二人の目線の高さまで身を屈めた。長身の彼と、十歳にもなっていない二人では、こうでもしないと見下ろすことになってしまう。端から見たら、子供を威圧する悪い大人だ。何せこの男、いつもの如く黒尽くめであるし。
「二人とも、礼儀正しくて実に結構。改めて自己紹介させてもらう。俺は高町恭也だ。フェイト嬢の、まあ親しい友人をやらせてもらっている」
 エリオとキャロの頭を優しく撫でながら、恭也は微笑んだ。
「だけど、今日はこれから一緒に遊びに行くんだ。友達と遊ぶときは、友達らしくすればいい。俺のことも、恭也と呼んでくれればいい」
「そうだよ、二人とも。みんなで遊びにいくんだから、ね?」
 ちなみに、エリオと最初に顔を合わせた際、自己紹介をしたら階級付けで呼ばれ、恭也は苦笑しながらたしなめている。
「あ、はい! 恭也さん」
「わかりました、恭也さん」
「うん。二人とも、いいお返事」
 まだ硬さは残っていたが、エリオとキャロは声を揃えて頷いた。そこをフェイトに褒められ頭を撫でられて、二人の顔が笑み崩れる。
「……手馴れているなぁ、フェイト嬢」
「そりゃ、あたしもフェイトに育ててもらったし。最近は双子のちびっ子たちにも手を焼かされてるし……。子供の相手は慣れてるんだよ」
「成る程なぁ」
「さて、フェイト! そろそろ行こうよ。遊園地、混んじゃうよ」
「そうだね」
「んじゃ、エリオー、キャロー」
 アルフは言うなり二人の手をとった。いきなりのことにきょとんとしている二人を気にせず、その手を繋がせる。
「今日は人が一杯いるところにいくんだからね。迷子にならないように、ちゃーんと手を繋いでるんだよ?」
「わかりました!」
「はい、アルフさん」
 最初は戸惑った顔をしたエリオとキャロだったが、直ぐに顔を見合わせ、笑顔で頷いた。子供は何とも順応が早い。加えて、相性もよかったのだろう。エリオに手を引かれ、半歩遅れてキャロが続く構図が早くも出来上がっていた。
「よし、それではそろそろ車に乗ってもらおうか」
「運転、お願いしますね、恭也さん」
「うむ。子供もいることだし、安全運転で迅速にいくとしよう」
「……本当に安全運転ですよ? ドリフトとか、いりませんからね?」
 後部座席にフェイトと子供達、助手席にアルフが乗り込み、運転席には恭也が座る。向かう先は、クラナガン郊外のアミューズメントパーク。
「しゅっぱつしんこーう!」
 アルフの音頭にあわせてエリオとキャロも唱和する。フェイトの計画は、まずは順調な滑り出しを見せていた。



シーンその三 アミューズメントパーク、午前

「でも、いつも同じところでごめんね? 本当は、もっといろんなところに連れて行ってあげたいんだけど……」
「僕はフェイトさんが一緒にいてくれるだけで楽しいです!」
「わたしもです。それに、ここには楽しいのが一杯ありますから、何回来ても楽しいです」
 休日のアミューズメントパークは、今日も盛況だった。
 エリオとキャロを連れたフェイトたちが訪れたここは、クラナガンから程よい距離にある。よって、フェイトはエリオ、キャロそれぞれを連れて、一度ならず遊びに来たことがあった。
 これが年頃の男女のデートならば、『別のところへ連れて行け!』とパートナーに文句を言われることもあっただろう。しかし、そこは純真無垢で何にでも楽しみを見出せる少年少女(幼児幼女?)のこと、何度目であっても楽しみなことに変わりないらしい。
「せっかくの機会に、そんな顔をするものじゃないぞフェイト嬢。二人が笑っているのに君が笑わないでどうする」
「珍しく恭也の言うとおりだよ。さー、エリオ、キャロ。何処から回るか決まったかい? 何処でも連れてったげるよ」
 あたしもここは大分慣れたからねー、と胸を張るアルフ。彼女に促されたからか、エリオとキャロは顔を見合わせて首を捻る。
「……どこにしようか?」
「えーと……」
 楽しみを前にした興奮ゆえか、二人の間にあった硬さが、解れているのが見て取れた。額をつき合わせるようにして、何処へ行こうかと悩んでいる姿が実に微笑ましい。
「じゃあ」
「あれにします!」
「おし、じゃあ行こうか! ほら、二人とも手を繋ぐ! どんどん人が多くなるから、はぐれるんじゃないよ」
 バスケットを恭也に押し付けたアルフに先導され、エリオとキャロが半ば駆け足で着いていく。時折どちらとも無く振り返って、フェイトが恭也と並んで追いかけてくるのを確認する。
 振り返った二人に手を振ってやると、実に安心した表情を見せ、また進んでいく。しっかりと手を繋ぐ姿は、長年の友達か、あるいは仲の良いきょうだいのようだった。
 アミューズメントパークという状況を利用したとはいえ、子供たちがこうも急速にお互いに馴染んでくれた事は、フェイトにとって実に喜ばしいことだった。
 そんなエリオとキャロをフェイトと並んで眺めながら、恭也は感慨深げに頷いた。
「フェイト嬢、子供は順応が早いな。もう年来の友人のようだ」
「二人とも、いい子ですから」
「全くだ、君が自慢するだけのことはある」
 二人は子供達を追いかけながら笑いあった。先を行く子供たちは、そろそろ目当てのアトラクションに辿り着こうとしているようだ。駆け足をやめて、早足で受付へ回り込んでいる。
 それを目で追っていた恭也だったが、ふと、思い出したようにフェイトに目を向けた。
「ところで、君が髪を上げているのを見たのは久しぶりだが、そちらも似合っているな」
 昔を思い出した、と恭也は感慨深げに続けた。
 今日のフェイトは、動きやすさを優先したコーディネートに、最近は下ろしていることがほとんどだった髪を、恭也と出会った当時のようなツインテールにまとめている。
 不意を撃たれたように硬直したフェイトだったが、それは僅かな間だった。次いで睨むように目を細めて恭也を見上げる。
「……それは、子供っぽい方が似合うということですか?」
「心外な。フェイト嬢、君はいつからそんなに疑り深くなった」
 純粋に褒めたというのに。恭也の台詞を受け流して、フェイトは答えた。
「貴方と付き合うようになってからです。散々鍛えられましたから」
 わざとらしく天を仰ぐ恭也に、フェイトは笑って続けた。
「でも、褒めてくれたのは嬉しいです。ありがとう、ございます」
 ジャブの応酬のようなやり取りだったが、その実、フェイトの鼓動は小さく跳ね続けていた。不意を撃たれたせいもあるだろう。しかし、恭也はもう彼女を気にすることなく、子供達を見ていた。
 こんな時、フェイトは思う。意地悪だし人を煙に巻くような物言いは、出会った当時より大分減った。だがその一方で、最近の恭也は人を動揺(方向性は対象による)させるような一言が増えていた。
「もう、意地が悪いです……」
 軽くスキップするような鼓動を抱えて、フェイトは恭也に倣って速度を上げた。子供たちを見守る楽しさと、今日は隣にアルフ以外の人がいる楽しさ、それらがない交ぜになって、子供たちに負けないくらい、今日は楽しい一日になりそうだった。



 アトラクションを回るたびに、子供たちはテンションを上げていく。満面の笑顔を浮かべ、うっすらと汗を浮かべながら、手を繋いで駆けていく二人に、アルフも取り残され気味だった。
「エリーちゃん、ちょっと待ってー」
「あ! ごめんね、キャロちゃん、大丈夫?」
「うん、ありがとう。でも、ちょっとゆっくりしてね」
「そうだぞエリオー。今日やあたしだけじゃなくてキャロも一緒なんだから、気をつけないとな」
 ――いやはや本当に、子供は順応が早い。
「君が心配するまでも無かったな」
「ええ、本当に。あんなに仲良くなってくれて、嬉しいです」
 二人は出会ったばかりだということなど気にせず、笑いあっている。キャロなど、もうエリオに愛称をつけている。あっさり受け入れているところを見ると、エリオも気に入っているようだ。
「あう、でも、そろそろお腹すいたよ。フェイトー、ごはんー」
 時間を忘れて遊ぶ子供たちを他所に、太陽すっかり頭上に差し掛かっている。エリオとキャロは楽しさに空腹も忘れているようだが、アルフが一足先に根を上げた。
 子守に慣れてもこういうところは変わらないアルフに、フェイトは微笑を返した。
「そうだね、丁度いい時間かも。エリオ、キャロ。あっちの芝生で、お昼にしよう?」
 声をかけられて空腹を思い出したのか、二人の返事は実に元気だった。一向は連れ立ってフェイトの指した芝生に入る。周囲には、同様に昼食を広げている家族連れやカップルがそこかしこに散らばっていた。
「恭也さん、バスケットの中にシートとお弁当がありますから」
「了解だ」
「お手伝いします」
「僕も」
「あたしは弁当の準備を」
「つまみ食いしちゃ駄目だよ、アルフ」
 手早くシートを広げ、弁当を広げる。中身はフェイト手製のサンドイッチの大群だった。色とりどりで実に食欲をそそる。
 挨拶もそこそこにアルフが両手に持ったサンドイッチにかぶりつき、フェイトにたしなめられる。笑いながら見ていた恭也たちも、一口食べるとアルフ同様に舌鼓を打った。
「美味しいです、フェイトさん」
「本当に……。凄く美味しい」
「むう。腕を上げたな。いつぞやのものより更に良くなっている」
「ふふ、お粗末さまです」
 食事に会話にと口を忙しく動かしている間に、バスケットに山盛りのサンドイッチは五人の胃袋に綺麗に片付けられた。途中、サンドイッチの具で口の周りを汚した(タマゴサンドだった)キャロの顔を、フェイトが笑顔で拭ってやったり、ハムサンドに塗られていたマスタードに大当たりしたエリオが目を白黒させ、恭也がそれを無言で取り上げ、代わりにお茶を渡したりと色々ありはしたが。


シーンその四 アミューズメントパーク、食休み

 食休みにとお茶を啜る彼ら彼女らの表情は、幸福感に満ち溢れていた。
 直ぐにでも動き出したいエリオとキャロ、それを苦笑しながら引き止めるフェイトを横目で見つつ、恭也は空に目を向けた。相変わらず雲ひとつ無く、午後の日差しは、更に強くなりそうだ。
 ――そうだな。念のためだ。
 一人納得して、恭也は腰を上げた。
「フェイト嬢」
「はい?」
「少々席を外す。直ぐ戻るつもりだが、待ちきれなかったら先に遊んでいてくれ」
「どーした恭也。トイレか?」
「違うわ馬鹿者。……そうだな、お前にも手伝ってもらおう。嬢、アルフを借りるぞ」
 さあ来い、と幼女モードのアルフを抱え上げる。不意を衝かれて悲鳴を上げるアルフを、エリオがなにやら羨ましそうに見上げていた。そんなエリオとキャロの頭をひと撫でして、恭也は歩き出した。
 足早に去っていく恭也を見送り、さてどうしたものかとフェイトはエリオをキャロを見やる。
「どうしようか? 少しこの辺で遊ぶ?」
「いいえ、恭也さんとアルフさんを待ちます」
「わたしも、待って、一緒に遊びたいです」
 子供たちは僅かな時間顔を見合わせたが、当然とばかりに答えた。
 その答えに、フェイトは意外さを禁じえなかった。次いで、二人はもっと遠慮などせず我侭を言ってもいい年頃なのに、と思う。エリオとキャロは自分を抑えて”いい子”でいることに慣れてしまっているのではないか、と。
 しかし、言葉通りに恭也を待つ二人の様子に、フェイトは己の短慮を恥じた。エリオとキャロは遠慮して待っているのではなく、待ちたいからこそ待っていたからだ。
 その姿は、海鳴時代の自分達を思い出させるものがあった。最近めったに会えなくなったアリサやすずかと一緒に遊んでいた頃は、待つことさえも楽しかった。遊びに行く先が楽しみなことは当然として、それ以上に、友達と一緒に遊びに行くことが楽しかった。
 フェイトは、エリオとキャロにもそうなって欲しいと思っていた。一緒にいることが楽しい、互いを大事だと思える友達同士になって欲しかった。
 そして、今の二人の姿は、まさに望んだそれだ。加えて、二人は恭也とも初対面だというのに、彼のことも同様に大事な友達――年齢的に無理があるかな? とフェイトは一瞬悩んだが――と思っているようだ。彼が帰ってきたら何処へ行こうか、と相談している姿に、感慨が湧き上がってくる。
「そっか。二人ともいい子だね」
 短い言葉だったが、フェイトはその言葉には、ありったけの喜びが込められていた。



 恭也達が戻るまで、それほど時間はかからなかった。詰め込んだ弁当が腹の中で落ち着くには丁度いい頃合だっただろう。彼は右手に大きな手提げの紙袋を持ち、アルフは骨付きのチキンらしきものを頬張っていた。……アレだけ詰め込んだ上で、また彼におねだりでもしたのだろうか、この見た目幼女は。
「……また食べてるの? 駄目だよ、おねだりばっかりしちゃ」
「手伝いをしたお駄賃だよ」
 骨までがりがりとかじりながら、アルフは涼しい顔をしていた。一つため息をついて、フェイトは恭也に顔を向けた。
「それで、何処に行っていたんですか?」
「買い物だ」
 シートは片付けられていたが、十分に柔らかい芝生の上に恭也は腰を下ろす。早速寄ってきた子供たちに目を細めると、おもむろに紙袋に手を突っ込んだ。そして、取り出した中身をキャロの頭に被せた。
「日差しが強くなってきたからな。対策しないと、キャロでは日射病になりかねない」
 その帽子のデザインは単純だったが、フェイトはまた懐かしさに襲われた。そのデザインは、聖祥付属小学校の制帽にそっくりなデザインだったからだ。
「ありがとうございます、恭也さん。……でも、いいんですか……?」
 突然のプレゼントに恐縮するキャロを、恭也は安物だから遠慮するなと笑い飛ばした。帽子を顎紐(ゴムひもの類ではなく、質のいい生地で作られたリボンであるところが、恭也の言い訳を裏切っていた。フェイトの見たところ、この帽子はちょっとしたものだった)を結んでやる間にも、緊張する彼女に語りかけ、落ち着かせている。
「で、エリオは帽子は無くとも平気そうだから」
「はい! 体は丈夫ですから」
「こんなものを見つけたので、思わず買ってしまった」
 再び紙袋の中から飛び出したのは、恭也も愛用するクリップオン時計――に似た、ミッドチルダ式の時計だった。いかにも頑丈そうな無骨なデザインが、実に恭也好みだった。が、プレゼントとされたエリオも随分と嬉しそうだった。
「時計があって困ることは無い。良ければ使ってくれ」
「はい! ありがとうございます、恭也さん。きっと大事にします」
「なに、丈夫なだけが取り得の安物だから、安心して使ってかまわないぞ」
 これもまた嘘だとフェイトは思った。バネ式のクリップだけではなく、魔法も併用して固定するようなクリップオン時計の何処が安物だというのか。
 しかし、喜びを露にした子供たちを、こちらも嬉しそうに眺めている恭也に対して無粋な指摘をする気にはなれなかった。高いものを軽々しく子供に与えるのは、やはりいいこととは思えなかったが。
 さて、子供たちを眺めている大人たちは、それだけで満ち足りた顔をしていたが、そうでない子供?が一人いた。食後の軽い食事を骨まで片付けたアルフが、じっとしているのに痺れを切らしたのだ。
「ねー、そろそろ遊びに行こうじゃないか。まだ行ってない所だってあるんだからさ!」
 アルフは、帽子の位置を調節してみたり、時計を弄り回してみたりと、思いがけないプレゼントに気をとられているエリオとキャロの手を引いて、強引に動き出した。このような時、じっと待っているであろうザフィーラとの違いは、やはり年月を重ねた落ち着きの差なのだろうか?
 そしてその後を、恭也とフェイトが並んで追いかける。
 先程は声をかけるのを控えたフェイトだったが、今は子供たちとも少し離れている。やはりプレゼントの件に関して釘を刺しておくべきだろう、と頭一つ上の恭也を見上げた。
「ありがとうございます、恭也さん。でも、あまり高いものは良くないですから、プレゼントするときはもう少し手加減してくださいな」
「安物と言ったではないか」
「本当に?」
「……まあ、次からは気をつけよう」
 見上げる視線に屈したように、恭也は肩をすくめた。フェイトも、それで追求の矛先を引っ込めた。教育上よくないと思ったからこそ口にしたが、やはり無粋だと思っていたからだ。
 だから今は、別の方向から突いてみることにした。
 恭也が子供の扱いが上手いのは(ある意味身をもって)知っていたが、今日、初対面のエリオとキャロを相手に、ここまで二人を楽しませて、また自分も楽しんでくれるとは思わなかった。そうした疑問が口に出させたのかもしれない。
「恭也さんって、最近子供には優しいんですね」
 私たちには意地悪だったのに、と頬を膨らませて拗ねた声を出してみせる。なのはやはやてと付き合っているうちに、覚えた技術の一つだった。
 しかし今日はいまひとつ効果が薄かった。まあ普段からして、恭也に揺さぶりをかけても成功する率は五分五分だが。
「子供は国の宝だぞ? 俺は昔から子供には優しくしている」
 君たちにもそうだっただろう? と、平然と返された。
「君が意地悪と感じるのは、主観の相違だが……。まぁ、これも愛情表現だ。慣れろ」
「分かり難い愛情表現ですよ。私は、素直に優しいほうが嬉しいです」
 フェイトは上目遣いに睨んで見せたが、恭也はやはり平然とした視線を返してくる。睨み合いともつかないものはしばらく続くかと思えたが、直ぐにどちらとも無く小さく噴き出した。
「成程。表現を間違えたか……」
「そうですよ」
「なら、今日は分かりやすい表現をしてみよう」
「?」
 恭也はまだ手に持ったままだった紙袋を持ち上げて見せた。怪訝な表情を浮かべるフェイトの視線をそれで遮る。
 そして、紙袋が下ろされたときには、今度は別のもので視線が塞がれた。視線を遮るように、帽子を被せられたと分かった。
「これは……」
 被せられた帽子を手にとって、観察してみる。白い帽子に赤いリボン。キャロの帽子と酷似したデザインだった。
「今日の君の装いには合わないかもしれないが、キャロのものとお揃いだ。この方がいいだろう?」
 実はアルフの意見なのだが、と恭也は苦笑しながら告げた。実際、フェイトは黒系のコーディネートを好むし、今日もそれだ。白い帽子を合わせるのは微妙なところだろう。
 不意のプレゼントに、フェイトは目を丸くしていた。
「あの、ありがとうございます……」
 これまで恭也の愛情表現?は実に分かりにくかったし、このように理由も無くプレゼントされるのも初めてだった。これで知り合いの誕生日の贈り物は欠かさないまめなところもあるとは知っていたが、この不意打ちは心底意外だった。
 反応に迷っている、というのがフェイトの状態を正確に表していた表現だろう。反射的に礼を口にしてはいたが、どのような表情をとったものなのか、迷っていることが良く分かる複雑な表情だった。
 だがそれも、見下ろす恭也の視線が面白いものを見ているような、実に楽しそうな感情を浮かべていることに気づくまでだった。思惑に嵌ったことを理解し、怒ることも出来ずにフェイトは赤面した。
 プレゼントという愛情表現に嘘はないのだろう。だが同時に、フェイトがどのような反応を見せるのか楽しんでいたのだ、恭也は。
「……やっぱり意地悪ですね」
「それは残念だ。愛情表現が理解されないとは」
 わざとらしく肩を竦める恭也を再び睨むが、やはり全く怯む様子も無い。
「はぁ。もういいです」
「返す返すも残念だ」
 その代わり、プレゼントされた帽子をしっかり被る。
「子供たちに置いていかれちゃいます。少し急ぎましょう?」
「了解した」
 フェイトは視線を恭也から離して、遅れないよう先を促した。彼も大人しく後に続く。大人二人は意識を会話から歩行に切り替えた。
 しかし、どのような無意識の働きなのか? フェイトの足取りは更に軽く、隣を歩く恭也との距離は、触れ合わんばかりに、更に縮んでいた。



前編・了



あとがき

 今回のテーマは「さりげない表現」「過剰に過ぎない心理描写」「行間を読んでもらう」でした。
 それに加えて、メガマガのStSコミック版で描かれた機動六課実働直後のエピソードで、エリオとキャロは六課に来てからも、しばらくはあまり会話も無かった、というシーンが描かれたことで発生した変な創作意欲が原動力になっています。徐々に仲良くなっていく原作エリキャロもいいですが、フェイトママ(笑)に育てられた兄妹のような幼馴染のエリキャロもいいじゃないか、と。
 子供らしいエリキャロが描けているか、仲良しお子様コンビ(この年齢でカップルと表現するのはちと良心が許さないというか……)が描けたか、我ながら微妙なところであります。
 ちなみに拙作「だっこ」「髪梳き」と同じワールドなので、カップリングは恭×はやで固定です。決して恭×フェじゃありませんよ?(笑)
 それからエリキャロが互いを「ちゃん」付けで呼んでいるのは、自分の子供の頃、従姉妹たちから散々呼ばれ続けた記憶が元になっております。……ちなみに、二十歳過ぎまで「ちゃん」付けは変わりませんでした(苦笑)
posted by TRASH BOX at 00:18| Comment(0) | 三次創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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